ホーム > 「肩甲骨が立てば、パフォーマンスは上がる!」第8章&コラム > 第8章 立甲と甲腕回旋力で泳力を高める(1)
泳力の高め方
ここでは泳力、泳ぐ力の高め方について語っていきます。
人間にとって水泳は、めちゃくちゃ面白い競技です。水泳関係者、水泳選手は、『肩甲骨が立てば、パフォーマンスは上がる!』(以下「本書」)とこの第8章をお読みいただき、あらためて「そうだよな~」と、そのことを認識し直してください。
この「そうだよな~」と思う認識は、とっても重要です。
私は、運動科学者として、天才と称された優れたアスリートの研究に長年取り組んできました。水泳界の天才たち、かつてのマーク・スピッツや、マイケル・フェルプスは、本書を読んでパフォーマンス高め、オリンピックで活躍できたわけではありません。
彼らは、他の選手が見ることのできない特別に優れた理論書、方法書を克明に勉強し、「そうだよな~」と感化され、それで目覚めた存在ではないわけです。
天才というのは、同じ環境の中で、同じ情報を得ながら、周囲の気付かない大事な本質に気がつき、それを獲得することができる人を指すのです。
だから彼らは天才なのです。
水泳はあらゆる競技の中で、もっとも副交感神経が優位になる必要があるスポーツ
水泳という競技には、他にはない大きな特徴があります。
それは自律神経に関することで、水泳は、アドレナリンが出てガンガン燃える方向の交感神経、もしくは落ち着いてリラックスを深めていく方向の副交感神経とでは、どちらが優位になければならないスポーツか考えてみてください。
じつは、水泳はありとあらゆる競技スポーツの種目の中で、もっとも副交感神経が優位になる必要があるスポーツなのです。
それはなぜか。それは相手が水だからです。
水は熱く燃えているものでしょうか? ギンギンに鋭く集中力を発揮しているものでしょうか? もっと言えば固いものでしょうか? 水はこれらと真逆の特性を持った物質です。つまり、物質の性質=物性としてみたとき、もっともリラックスした存在が水なのです。
だから優れた水泳選手ほど、水に乗り、水になじみ、水と一体となり、水をつかみ、水を味方につけられるのです。それは前述の水の物性というものに、自分が身も心もなじむことができるということです。
そして、こうした水になじむための一番中心となる神経系は何かというと、自律神経の副交感神経です。副交感神経は、リラックスして、ゆるんだ、そうした状態を人間に作り出してくれる神経系です。
この副交感神経が、人類への進化の過程で一番発達したのはいつの時代かを考えてみましょう。こうやって何事も源流から考えていくのが、運動進化論の特徴です。
答えはすぐにわかります。そう、魚類の時代です。魚類の時代を我々の祖先が脊椎動物として過ごした歴史があるので、水というものの性質を私たちが自律神経として取り込むことができたわけで、またそれが支えになって、根本になって、小脳や大脳基底核などのさまざまな運動中枢が発達し、無上の柔らかさを誇る、水というものになじみきれるように柔らかい動き、ときに水をとらえるために、水よりもやわらかい動きすら体現することが可能になったのです。
というわけで、泳ぎを追求すると理論上は魚類に行きつきます。でもどれほど優秀な歴代オリンピックのメダリストでも、魚類ほど上手に泳げる選手は一人もいません。
したがって、泳力を高めるトレーニングを考案するためには、人類の祖先が魚類だった頃にどうだったのか、それを科学的に分析することが欠かせません。とはいえ、その分析結果が、そのまま現代人に活かせることはそう多くはないでしょう。ですので今日、我々人類が生きているこの環境条件の中に、我々の身体と脳を置き換えていく科学的作業が、どうしても必要になってくるのです。
それによって出来上がったトレーニング方法=ゆるトレーニングを、これから公開していきます。
モゾモゾ、クネクネが不得意な選手は、水泳選手として大成できない
最初に行うことは、まず体幹を専門的にゆるめることです。
これは寝転がってやるワークが有効です。仰向けに寝て、頭、首から首のつけ根まわり、肩甲骨まわり、肋骨まわり、胴体から腰、股関節まわりまで、体幹の外側から内部までのすべてを、「モゾモゾ」「クネクネ」とつぶやきながら、ゆるみ解きほぐれるように、詳細に揺り動かしてください。このメソッドは「体幹揺解法」という体幹の緩解法です。
水泳選手は、先ほどの話からも推測できるでしょうが、あらゆるスポーツ選手の中で、もっとも身体がゆるんでいて、柔らかく、モゾモゾ、クネクネした動きが得意な人たちといっていいでしょう。反対に、これが不得意な選手は、水泳選手として大成することはありません。他の競技であれば、まだ芽が出るチャンスもわずかながらあるでしょうが、少なくとも水泳では絶対に活躍できないといえます。
ですが、水泳でも、天才的な選手もいれば、一流の選手、二流の選手、三流、平凡、平凡以下と、いろいろな選手がいるわけで、そのレベルに比例して、体幹をモゾモゾ、クネクネさせる能力に大きな開きが見られます。
したがって、水泳で少しでもレベルアップしたいと思う選手は、まずはこの体幹緩解法を、モゾモゾ、クネクネとつぶやきながら、深く、精密に、ていねいにタップリとやり込んでください。
次に、背骨を中心に、体幹を左右に、また前後にモゾモゾ、クネクネと揺解運動をかけていきます。これは「体幹揺解法」といいます。体幹全体を背骨を中心にモゾモゾ、クネクネさせるところからはじめて、慣れてきたら、さらに26個の背骨の一つひとつをモゾモゾ、クネクネ左右、前後に動かしてほぐしてください。これを「脊椎揺解法」といいます。
七つの首の骨、頸椎と、胸椎11・12番、腰椎1・2・3番で構成される自由脊椎はまだ動かしやすいかもしれません。しかし胸椎の1番から10番までは、ケージ状になった肋骨が胸椎につながり、背骨が押さえつけられているので、非常に動かしづらくなっています。それを日々の「体幹揺解法」「脊椎揺解法」さらに「肋骨揺解法」のトレーニングによって、どこまでも柔らかく精密に動かせるようになるまで鍛錬して欲しいのです。
一流の水泳選手になりたければ、これは避けては通れません。 『えっ、でも水泳のメダリストたちが、3種類の「○○揺解法」をトレーニングメニューに加えているなんて、聞いたことがないんですが……』と思う人もいることでしょう。
それは半分はその通りです。しかし、彼らの体幹は一般的な選手に比べゆるゆるにゆるんでいます。実は彼らは、3種類の「○○揺解法」のトレーニングを専門的、詳細にやらずに、何となくモゾモゾ動かしているだけで、あそこまで体幹をゆるめられる、まさに天才なのです。専門的に意図してやらなくてもできる=才能で、生まれつきの能力からして、大きな差があったということでしょう。
その優れた選手たちが勝ち残っていって、各国の代表選手になっていくわけです。場合によっては、他の部分には才能があるのに、体幹をゆるめるという能力には恵まれず、水泳選手としては二流、三流のままで終わってしまうというケースもあり得るわけです。
そうした人たちは、この「体幹揺解法」「脊椎揺解法」「肋骨揺解法」に専門的に取り組むことで、一流選手への道が開けてくるはずです。水泳ですので、水路が開けるといってもいいでしょう。