ホーム > 「肩甲骨が立てば、パフォーマンスは上がる!」第8章&コラム > 第8章 立甲と甲腕回旋力で泳力を高める(4)
トップ選手がクロールで複雑なかき方をする二つの決定的な理由
ここからは、もう少し具体的な話もしておきましょう。
まずはクロールについてです。
一般的なクロールの手のかき方と、トップ選手のかき方ではかなり違います。
トップ選手のかき方は、手が入水しながら腕を伸ばしグライドし、そのあと外側へ向かってプルで屈曲回内外旋し、続けて屈曲回外内旋しながら内側に向かい、さらに伸展回内外旋しつつ体幹に沿って回軸ゼロ度になって抜けていきます。
そしてゼロ回軸から手を進行方向に運び回内しつつ水に入れる……。そして再び甲腕回旋運動が行われます。
トップ選手は、こういう複雑な運動を繰り返しています。
彼らは、なぜこんな複雑なかき方をしているのか。
それには、大きく二つの決定的な理由があります。このことは、一般的にはあまり知られていないことなので、はじめて聞く人も多いでしょうが、その理由を聞けば、誰もが大いに納得することでしょう。
クロールはその進行方向の先、ゴール側から泳者を見ると、体軸まわりで回転運動を繰り返しているのがわかります。右手でいえば、その体幹軸回転運動が、一番外回転しているときに、右腕が抜けていきます。抜けた手が頭の上に伸びていくときは、今度は逆に内回転していきます。
じつは、右手が抜けたあと体幹を内回転させているのは、左手の働きなのです。このとき、左手をどう使えば、効率よく内回転するか考えてみてください。
左手で自分の方向に水をかき寄せるようにすると、強力に内回転するのです。だからこのとき左腕は、水を内方向にかき寄せるように内旋運動するのです。そしてそのタイミングに合わせて、右手は入水し、そして伸ばしグライドします。
次の瞬間、今度は左の外回転をしなければなりません。そのときもう左手は抜けているので、使えません。じつは右手で外へかき分けるようにすることで、左の外回転をしているのです。
つまり、水をとらえるのは、進行方向に自分を進ませる推進力としてとらえることと、もうひとつ、体軸まわりのローリングのために行うのです。
軸回転をしなければ、息継ぎができなくなりますし、面かぶりクロール=ノーブレスクロールでも、軸回転は必要です。要するに、軸回転しなければ、クロールは成り立たないということです。
このことを逆からいえば、土台、軸回りしているわけです。初心者には、軸を静止したまま、身体を正面に向けて、腕を回す練習をさせますが、実際のクロールでは、あんな運動はありえないのです。
しかし、最初からこれほど複雑なかき方は教えられませんし、コーチもよほど水泳に精通している人でなければ教えられないので、ああした練習法があるのは、仕方がないのです。
トップ選手は揚力を上手く利用して速い泳ぎを体現している
さらにもうひとつ、大事な話があります。
皆さんがイメージする、前に進むための水のかき方とはどのようなものでしょう。
とにかく手前にある水を、ガーッと進行方向と反対側にとらえて引くようにかけばいいと思っているのではないでしょうか。
ところがそうではないのです。
飛行機は、翼に当たる空気が翼の上下に分かれて、その上下で流速が変わることで、揚力が発生して飛んでいます。この揚力は進行方向に対し直角に働く力です。
じつは、水泳のトップ選手もこの揚力を上手く利用して、速い泳ぎを体現しているのです。
一流の選手は、揚力を使うことと、ローリングをつくり出すことがちょうどピッタリ重なる泳ぎをしているのです。
たとえば水中の右腕を外側にかき分けるとき、反対の左腕にとっての外回転を作る必要があり、そのとき右手+右前腕をちょっと回内して斜めにするとちょうど揚力が生じます。
飛行機の揚力が進行方向に直交していたように、水泳の場合、この揚力は天井の方向ではなく、泳者の頭の方向、つまり進行方向に推進する力となって働きます。
その左手が抜けた後、空中を頭の方向に戻って入水するまでのあいだ、今度は左手にとっての内回転が必要になります。そのとき水中の右手+右前腕を回外させて内にかき寄せると、揚力が発生します。外にかき分けながら回内で揚力を作るのと、内にかき寄せながら回外で揚力を作ることで、じつは二種類の揚力で推進力を得ると同時に体軸回りの2方向のローリング力を作り出しているのです。
この泳ぎ方が、流体力学的にもっとも水を上手に利用することができるやり方です。
トップ選手の平泳ぎはかき寄せるときにも揚力が発生している
もうひとつ、平泳ぎのかき方も検証しておきましょう。
平泳ぎでは、回内でかき分け、回外でかき寄せ戻ります。かき寄せ回外で戻るとき、手が胸の前に来たらゼロ回軸にして前方に伸ばし、ふたたび回内かき分け、回外かき寄せと繰り返します。
揚力の発生が難しいのは、回外でかき寄せるときです。普通に考えると、かき分けるときだけですべての揚力を得るような気がしますが、そうするとかき分けきった後の腕を寄せ戻す運動後半は全部抵抗になってしまいます。だから後半も全部推進力に変えるために、かき寄せるときに揚力が発生するように回外しながら泳ぐのです。ここが大変に難しいのです。
これがトップ選手の秘密です。
というわけで、トップ選手を目指すには、こうしたかき方ができるようにトレーニングしなければなりません。
クロールなら、片手ずつやるのがよいでしょう。まずは右のゼロ回軸抜きからマスターしましょう。
右ゼロ回軸抜きが上手くなると、右手が水から抜ける瞬間、サッと抜けるようになります。そしてその右腕は自力で頭の方に運び入水して伸ばします。
次は、その右腕によるかき分け回内外旋。かき分け回内外旋で揚力を発生しつつ左軸回転(右腕にとっての内回転、左腕にとっての外回転)のローリング。続いて同じ右腕によるかき寄せ回外内旋で揚力を発生しつつ右軸回転のローリング(右腕にとっての外回転、左腕にとっての内回転)。練習するにつれ、この一連の流れがどんどん鮮やかになってきます。
ゼロ回軸抜き→かき分け回内外旋→かき寄せ回外内旋……。このとき、よく体軸を意識することも忘れずに。
よく軸を意識すると、ゼロ回軸抜きでスパって抜けて、スッとかき分け、ススーッとかき寄せられるようになります。水中でも軸はとても重要なのです。
最初は、水の中でなく、陸上でこの動きをトレーニングするのがいいでしょう。
チームでトレーニングするならば、二人一組になって、ひとりが実践、もうひとりは観察。とにかく軸を通させて、軸がぶれたらすぐにそれを指摘してあげること。
水泳界では、まだ軸はそれほど重視されていないので、軸の意識から育てていくのが大事です。
片腕の動きが上手になってきたら、両腕で組み合わせていくといいでしょう。
大事なのは、こうした練習をやるときに、腕全体が水と関わっているということ、さらには肩甲骨を含んだ肩まわり、背中側だけでなく、大胸筋までも含めて、これら全部が水と関わり合いながら、水をとらえたりかわしたりして動いていることを意識してやることです。
揚力も、前腕、上腕、脇まで使って腕全体で作っていくのです。
これら一連の動きに共通するキーワードは、「気持ちよく」です。単に動きだけでなく、必ず「気持ちよく、気持ちよく……」と身にしみるように心を込めてつぶやき続けながら行うことです。この発声法は必ず効果があるので行ってください。
片腕でやる練習であれば、反対の手で肩・胸まわりなどを擦りながらやるのもよいでしょう。
コーチ、トレーナー、選手が一体になって取り組めば、日本の水泳界はさらに伸びる
最後にひとこと。
水泳は肩甲骨を柔らかく使い、肩甲骨から腕を使うことは、すでに一般的に認知され、選手もコーチも肩甲骨を柔らかく使おうとしているので、立甲のトレーニングもハマりやすいはずです。
しかし、立甲に伴う甲腕一致、とくに「肘抜き」などのトレーニング、そして何よりもさらにベーシックな全身各部を専門的、体系的にゆるめ解きほぐすトレーニングについては遅れているので、この章で解説してきたような方法で、体系的に取り組んでください。
コーチ、トレーナー、選手が一体になって取り組めば、日本の水泳界のパフォーマンスもさらに伸びることをお約束します。