ホーム > 「肩甲骨が立てば、パフォーマンスは上がる!」第8章&コラム > 第8章 立甲と甲腕回旋力で泳力を高める(2)
オリンピックの金メダリストでも魚類に比べれば固まっている
一方で、トップ選手たちが科学的にみて十分に体幹がゆるんでいるかというと、私に言わせればまだまだ足りない。彼らでも、魚類に比べれば、大変に固まっているわけです。だから魚類の方が、オリンピックのメダリストよりも泳ぐのが上手なのです。魚類の泳いでいる姿と見比べると、人間は泳ぐのが下手なんだという事実を認めざるをえません。とくにスキューバダイビングのダイバーたちが、魚たちと一緒に泳いでいるシーンを見ると、「人間はなんて泳ぐのが下手なんだ」と気づかされてしまいます。
オリンピックで通算28個のメダルを獲得し、そのうち金メダルが23個だった「水の怪物」、マイケル・フェルプスでも、魚類に比べれば身体はまだまだ固まっているので、いくらでも開発の余地があるわけです。
もしオリンピックのメダリストが、この本を読んだとしたら、「(キミは)まだまだ体幹のゆるみが足りない!」といわれていると思ってください。
そしてとりあえず、肋骨と繋がっている1番から10番までの胸椎を、ひとつずつ、すべて、自分の意志でモゾモゾ、クネクネ自在に動かせるところまで、トレーニングをやり込んで欲しいのです。もちろんそれと並行して、肋骨をゆるめ解きほぐし一本ずつズルズルに、自由自在に動かせるトレーニングもしてください。
そうすれば、必ず競技力は上がります。
また、どんなに偉大な選手であっても、20~25歳を過ぎる間に老化によって身体が固まってきます。そして多くの選手が30歳未満、28歳ぐらいで選手を引退します。そのとき選手の身体はものすごく固まっています。世界記録を次々に更新していた頃は、あれほどしなやかで柔らかいゆるゆるに解きほぐれた身体をしていたのに、あの柔らかさはどこに行ってしまったのでしょうか……。
筋トレを続けているので、筋肉には目立った衰えは見られません。ストレッチもやっているので当たり前の柔軟性はある。実は、衰えたのは体幹のゆるみ方、解きほぐれ方だったのです。老齢化によって、体幹が解きほぐれなくなり、ゆるむ力を失ってしまったのです。
しかし、そうなってしまったのは、トレーニングを知らないからだとも言い換えられます。トレーニング法も知らない。発想法もない。まさか自分が、ゆるみが足りない。ものすごく固まっている状態になっているなんて、夢にも思っていないのでしょう。
しかし、全盛期の金メダリスト選手でも、本当のことを言えば、体幹のゆるみはまったく足りてはいないので、まずはそのことをはっきり認識してください。
仙腸関節が固まったままでは一流の水泳選手にはなれない
肋骨と胸椎の1番から10番までを解きほぐしたら、次はその下、胸椎の11番、12番と腰椎の1~3番、ここはすでに語ってきたように「自由脊椎」の部分です。ここも同じようにモゾモゾ、クネクネと動かすトレーニングを行います。
そして、腰椎の4番、5番、仙骨。この3つの骨も、モゾモゾ、クネクネ動かせるレベルまで、トライし続けてください。
とくに仙骨と腸骨の間の関節、仙腸関節が柔らかになることが、水泳選手にとっては非常に重要なことです。仙腸関節が固まったままでは、決して一流の水泳選手にはなれません。
ただ仙腸関節は、じつは普通には軟骨が無くまったく動かない関節で、解剖学の専門書にも、「仙腸関節は、大人になると不動関節になる」と書かれています。「靭帯も非常に固くなり、仙骨と腸骨はその間に軟骨が無いため一体となり、全体として一個の骨のようになる」というのが、医学界の定説です。でも事実は定説に例外があることを教えてくれます。実際に私が超一流の武術家と世界のトップ選手の仙腸関節に触れた機会に、彼らの仙腸関節に軟骨があり、柔らかくフニャフニャに動くことを確認しているからです。
またさらには、現在70歳になる私自身の仙腸関節には世界のトップアスリート以上に厚い軟骨が形成され、自由自在に仙腸関節を動かすことができる、という事実があります。このことは正しい科学的なトレーニングを積めば、何歳になっても仙腸関節を可動関節化できることを、意味しています。このことを語ったのは私の自慢話ではなく、人の身体にはどこまでも希望、可能性があることを、お伝えしたかったからです。
では一方、定説通りの状態のままの人の仙骨と腸骨をずらし動かしたらどうなるか。
ひどい激痛に襲われます。それが皆さんよくご存じの、あの“ぎっくり腰”というやつです。あの激痛で知られるぎっくり腰は、ちょうどこの仙腸関節のずれによる捻挫なのです。
ゆえに、もし仙腸関節が固まったままの選手が、何かの拍子に仙腸関節を動かせてしまったとすると、その瞬間に激痛が走り、4~5日立ち上がることができなくなります。
したがって、まずは仙腸関節まわりを数年をかけて軟骨の成長を待ちつつていねいに解きほぐしゆるませていくことが必要です。カチカチに硬縮した靭帯も数年をかけて柔らかく強化し直さなければなりません。
軟骨のある柔らかな仙腸関節は、腸骨側と仙骨側で作られた関節が、氷の上で何かが滑るように、密着した状態でスッと滑りあうような動き方をするのです。
その動く量はごくわずかで、ほんの数ミリでいいのです。それ以上、動く必要はありません。
仙腸関節がわずか数ミリ動くだけで何が起きるかというと、脳にとっては立甲と同じことが起こるのです。要するに四足動物時代につくられたメカニズムが働き出すのです。立甲から上半身が甲腕一致で使われるあの偉大な四足動物時代のメカニズムが、下半身で仙骨を中心に、上半身でいえば肩関節に当たる股関節と、肩甲骨に当たる腸骨が連動して働き出すということです。つまり仙腸関節が柔らかく動く必要があるのは、脳のため、脳の働き方を変えるためなのです。
ゆる体操でていねいかつ慎重にゆるめることが大事
というわけで、水泳に限らずあらゆる種目で真のトップ選手を目指したい人は、大変に難しいことですが、仙腸関節の開発も、長期計画として取り組みたいところです。
長期計画ですから、決して慌ててはダメです。急いで無理やり仙腸関節を動かそうとすると、激痛が待っているのでくれぐれも気を付けるように。擬態語でいえば、「エイ」とか「グイ」といった動かし方をすると、激痛を起こす結果になります。あくまで「スッ」とか「ススー」「フワッ」という、強い力を加えない滑らかで柔らかな動き以外は、絶対にNGです。
何かの力で能動的に、例えばマッサージ師やトレーナーに外から力を入れてもらって動かすと、仙腸関節が捻挫し、靭帯などの軟部組織も傷つき、炎症を起こします。また自分で力を入れて動かしても、結果は同じくアウトです。
仙腸関節を安全を確保しながら滑らかで柔らかに動かすためには、ゆるトレーニングの緩解法、揺解法を使って、仙腸関節まわりをとにかくていねいかつ慎重にゆるめ解きほぐすことに何年もかけて取り組み、自然に動くようになることを待つしかないのです。(それに何年もかけていたら選手として年を取ってしまうじゃないか、という心配は当たりません。ゆるトレーニングを行うと、身体も脳も若返り、身体がゆるゆるにゆるんで明らかに選手生命が伸びるからです。)