ホーム > 「肩甲骨が立てば、パフォーマンスは上がる!」第8章&コラム > 第8章 立甲と甲腕回旋力で泳力を高める(3)
手腕のゆる
次は手と腕のゆるトレーニングです。一般に普及している「ゆる体操」に含まれる方法ですが、アスリートにも大変有効なことが実証されている方法ですので、ぜひ積極的に取り組んでください。
ここで思い出してほしいのが、四足状態での立甲です。第2章で紹介した、「片立甲」のトレーニングで駆使した「肘抜き擦法」を、ここでも利用するのです。
あれは立甲も鍛えられ、手や腕の脱力も進むので、抜群の効果があります。
肘の外側を、「ここじゃないよ、ここじゃないよ」「抜けるように」「抜けるように」とつぶやきながら擦って、肘の内側も「こっちだよ、こっちだよ」「通るように、通るように」「頼むよ、頼むよ」といいながら擦ります。 この「肘抜き擦法」は、水泳の選手のトレーニングには絶対に欠かせない重要なメソッドです。
さらに立位もしくは座った状態で、手から手首をよーく擦ります。よく擦ったら、手から手首をプラプラ、プラプラ動かします。
同じように、前腕から肘も擦りましょう。このとき、「気持ちよく」「気持ちよく」といいながら擦るのがコツです。これは手首を擦るときも忘れずに。 前腕から肘を擦ったら、肘をクルン、クルンと回すようにして、前腕から肘をほぐしゆるめます。そしてさらに、上腕も擦ります。上腕は内側からよく擦って、肘と同じようにクルン、クルンと回して解きほぐします。
このときも、必ず「気持ちよく」「気持ちよく」というのを忘れずに。大声でなく、自分にだけ聞こえるような声の大きさでけっこうです。
つぶやくことで、どんな効果が得られるのか。
脳には、発話するためのブローカ野が大脳皮質の前頭葉にあり、「気持ちよく」とつぶやくことで、そこを中心に脳が働き、言葉を使おうとすることで、非常に強い印象になって脳に残ります。
また、自分がつぶやいた声が、耳から入ってくることで、人の言語を理解するために働くウェルニッケ野を通して、脳にそれが再インプットされます。 アウトプットすることをしながらインプットすることを繰り返すことで、無言でやるときに対し、何倍、何十倍も効果的に「気持ちいい」状態になっていくのです。
気持ちよさを感じられるかどうかが勝負の分かれ目
ここで水泳の選手にききたいのですが、自分にとって記録のでる、「今日はいい泳ぎができそうだな」と感じるときの水の感じは、「気持ちいい」それとも「気持ち悪い」、どちらでしょうか。
絶対に「気持ちいい」印象を受けるはずです。自分の肌にとって、気持ちいい。水泳選手にとって、この肌に触れるもの(水)が気持ちいいか気持ち悪いかは、じつはものすごく重要です。つまりは水を気持ちよく感じるのは、本人の能力の問題だということ。だから同じプールの水で泳いで、水を気持ちよく感じて優勝する選手と気持ちよく感じられないで負ける選手が出るのです。
手首、前腕、肘、上腕を擦るときの「気持ちよく」というのは、そういう意味です。ゆえに擦るときは、必ず「気持ちよく」「気持ちよく」とつぶやくことが必須なのです。これをつぶやくかつぶやかないかでは、大きく効果が変わってくることが科学的な実験で証明されているので、ぜひとも肝に銘じておいてください。
それから、擦りについてはもうひとつ大事なコツがあります。
手首から、前腕、肘、上腕を擦るとき、擦りながら必ず腰を中心に体幹をクネクネと左右に動かしましょう。
股関節まわりを解きほぐすように、クネクネと動かすのです。
ここで腰をクネクネさせる理由も、魚類時代に話が戻ります。これが運動進化論です。前述したように、我々の祖先が魚類時代に何をしていたかというと、孵化して泳ぎだした瞬間から、来る日も来る日もまさに死ぬまで、水に身体を擦られながら、身体をクネクネさせ続けて生きていたわけです。
魚類の運動状態は、人間でいえば足まで含めた体幹、魚でいえば尾びれまで入れた体幹を、とにかくクネクネ、クネクネと、緩解する、ゆるめ解きほぐすような運動、そしてそれが波のように揺する運動=波揺運動といったものを繰り返すだけです。彼らはそれしかできないからです。そしてその運動をやることで何が起きているかというと、ずっと体表面を水が流れていくわけです。
その水は大変な質量を持っています。人間の体は大半が水でできているので(成人で体重の約60~65パーセントは水)、水の単位体積当たりの質量は、ほとんど人間の身体と同じです。それだけの質量を持った水が、魚類の身体の全面を取り囲んでくっついているのです。
さらに、水には粘性があります。水泳選手なら日々実感しているでしょうが、水には粘りがあります。この粘りと質量は水泳選手にとって非常に大事なもので、自分が水をかくときに、その粘性と質量を利用して、水を上手くつかむことが可能となるからです。
超一流の選手は古小脳が使えている
一方で、水の粘度は、そのまま粘性抵抗になり、推進力をスポイルしています。
人間にとって、水というのはこれほどに力を持った存在なのです。それは魚類にとっても同じであり、魚類がその水とどう向き合ってきたかというと、クネクネしながら擦られることを生涯繰り返しつづけてきたわけです。
そのため、魚類の時代にそれが脊椎動物の根本能力として、DNAに形成されたのです。運動進化論では、このように考えるのです。
ゆえに、擦りながら、「気持ちよく」と言いつつ、必ず腰をクネクネさせることが肝要なのです。そうすることで、魚類時代の脳が活動しだして、何十倍も効果が増します。
その魚類時代の脳とは、古小脳のことです。古小脳を上手く刺激してやることができると、体幹の中でまるで背骨に潤滑油を塗布したかのように、背骨がツルツル、ゆるゆる、クネクネに動き出すことが、私たちの実験で確認できています。
というわけで、簡単にいえば、魚類時代に発達した古小脳を使えてしまう、それが働いている選手が、水泳における“天才”なのです。
事実、オリンピックの決勝まで勝ち上がってくるような水泳選手は、みんなある程度は古小脳を使えています。それに対し、他の競技では、古小脳が使えている選手の比率は明らかに少なくなります。
水泳は2020年の東京オリンピックでは、49種目になるそうですが、どの種目でも、決勝に登場する選手は、みんな古小脳が使えているはずです。つまり、それだけ水泳競技では、古小脳がパフォーマンスのカギを握っているということです。
もっとも、サッカーや野球、バスケットボール、etc.の種目でも、稀に見る天才、超一流の選手に限れば、古小脳が使えている選手ばかりです。 しかし、これらの競技においては、環境条件が水の中ではないので、古小脳にアプローチできる選手が少なく、どうしても固まってきてしまう傾向が見られます。
その点、水泳では、各種目の決勝に残る選手の多くが、古小脳が使えているので、それは大きな特徴と言えます。
それに比べて、サッカーのような競技では、ある程度古小脳が使えていても、そのうち使えなくなってしまう選手が珍しくありません。その中で、あくまでも古小脳を使い続けて、すべての技術にそれを還元して、結果を出してきたのが、メッシやクリスティアーノ・ロナウド、かつてのジダンなのです。
肩甲骨の開発
そしてメインの肩甲骨です。肩甲骨の開発も、まずはとにかく擦ることから。もちろん「気持ちよく」とつぶやくことも忘れずに。
擦るといっても、肩甲骨はなかなか擦りづらいので、寝っ転がって、床に擦りつけたり、壁に寄り掛かって「気持ちよく」と言いながら動かしてみるのもいいでしょう。
もうひとつおすすめできるのは、仲間とペアになって、背中をもたれ合うようにして、お互いにクネクネ、モゾモゾと動かし合って、「気持ちよく」と言いながら背中どうしで擦り合うのも、非常に効果的です。
背もたれあったまま、ついでに背中や腰もモゾモゾ、クネクネ動かして解きほぐしていくと、相乗効果が期待できます。
足と脚の開発
水泳ではキックも大事な要素です。そのキック=下半身を開発する方法も紹介しておきましょう。
まず、イラストのように長座+腕支えの姿勢になってください。
この長座腕支えの姿勢になるときも、必ず「肘抜き」をやりましょう。つまり、腕が脱力伸展位になることが、大前提になるわけです。
これを脱力せずに、肘を曲げて力んだ姿勢でやってしまうと、これまで「気持ちよく」と言いながら擦って高めてきた機能が、片っ端から失われていってしまうので、このことをよく覚えておいてください。
さらに、同じことは筋トレにも言えます。
だからといって、筋トレをやるなとも言えないので、アスリートの皆さんは、筋トレをやる前とやった後に、必ず擦りを入れたり、揺すってゆるめる、揺動緩解系の運動を行うようにして下さい。とくに水泳選手は必須です。
なかでも、肘まわりの筋トレは、気を付ける必要があります。肘まわりの筋トレをやり過ぎると、確実にパフォーマンスの質が低化します。
同じ時間、筋トレに取り組むのなら、肘まわりではなく、体幹や肩甲骨まわりの筋トレをやるべきです。
つまり、腕に関しては、非常にしなやかで脱力の効いた状態にしなければならないわけです。それを一番左右するのが肘まわりなので、肘まわりが固まってしまうと、腕のしなやかさは消えてしまいます。そのため、肘まわりの筋肉はどちらかといえば弱い方がいいのです。
いい選手は、上腕の太さに比して、肩まわり、肩甲骨まわりの筋肉の方が大きいものです。これが逆の選手は、トップの選手には皆無です。「腕がスンゲエーッ太いな」という印象の選手に、優れたアスリートはいないはずです。 これは水泳に限ったことではなく、例えばボクシングや野球の選手などにも言えることで、あらゆる種目に共通することなので覚えておいてください。
ちょっと話がそれましたが、長座腕支えからの脚の開発です。
とにかく肘抜きを徹底して、全身をダラ~ッと脱力させます。そして足首をクロスさせて、足首同士で擦ります。足首まわりを解きほぐしながら、膝関節まわり、股関節まわりも脱力させるのがコツです。左右交互にやりましょう。
次に、足首の外側=外くるぶしを使って、前脛骨筋を擦ってゆるめていきます。
さらに踵で脛骨の外際を擦り、脛骨から前脛骨筋を剥がすように擦っていきます。
同様に、今度は踵で内脛も擦ります。骨も柔らかくほぐすつもりでやりましょう。
そして足裏で甲を擦ってほぐし合います。足裏全体も甲に擦られてほぐれるようにしましょう。
それが済んだら仰向けに寝て、腓骨裏から腓骨まわりをほぐします(すねプラ)。
もうひとつ、「膝コゾ」でふくらはぎ全体をほぐします。
このときも、必ず膝まわりと股関節まわりの脱力は意識してやってください。そうすると肘抜きと同じように、「膝抜き」ができるようになってきます。
「膝抜き」ができると、水泳のキックで、水をとらえられない、空回りするような動きがなくなってきます。あくまでも水泳は水が相手なので、水の物性に合った動きができることが重要です。それには、上半身でいえば「肘が抜ける」かどうか、下半身でいえば「膝が抜ける」かどうかが一番大事になってきます。
それと同時に、手首まわり、足首まわりが抜けるようにします。筋肉に関しては、ゆるゆるにゆるんでフニャフニャに柔らかな筋肉になるように鍛えることが絶対条件です。